旧正月2日目の夜は、一族集まっての大宴会。場所は、一族のうちの一家族の自宅。夕方、家に着くと、まだ親戚たちは来ていなかったが、すでにキッチンも庭先も宴会の準備が始まっていた。

旧正月は中華系の人たちにとって大事な“心の年明け”
この一族、4世代で90人オーバー(配偶者含む)。今ではイポーだけでなくクアラルンプールやシンガポールなどに住んでいる人も多いので、全員集合とはいかなかったが、それでも3分の2くらいはイポーに帰ってきていたのではないだろうか。

頼んでいた獅子舞の部隊がやってきて準備完了と同時に、長さ88尺(30m弱)の3本の爆竹に火が着けられた。

「イポー旧正月編6」でも取り上げたが、爆竹が鳴り出すと体全体が爆竹音に包まれる。耳を塞いでちょうどいいくらい。火を着けてから最後の1発が鳴り終えるまでにいったい何分かかるのだろうかと、腕時計を見ようとしても、耳から指を離した瞬間、爆竹音が脳に突き刺さるように響き、とても腕時計を見る余裕はなかった

余談ではあるが、この原稿を書くにあたりChatGPTに「30メートルの爆竹が火を着けてから鳴り終えるまでの時間は?」と尋ねたところ、「およそ2分~3分(長めなら4分)」と返ってきた。もっと長かったような感じがしたが意外に短いなあと思ったら、続けて「ただし、まとめて3本を同時に点火した場合、体感は爆音の嵐で“永遠に終わらない”感じになるはずです」とのこと。爆音が延々と続いていた感じがしたのは、これが理由だったのである。

爆竹が鳴り終えると、2体(2匹?)の獅子舞が家の庭先で舞い始めた。この獅子舞の踊りは「採青」と呼ばれ、中華的な縁起の良い意味合いが含まれているようである。


すると、被り物をまとった人物がやってきた。みんなにやたらと愛想を振りまいていく。これは「財神」で、財運や金運を司る神様。旧正月に家にやってくると、その1年はお金に恵まれるとされているそう。

親戚の人たちは、毎年見慣れているだろうに、みんな楽しそうにスマホで動画を撮ったり、子供を抱えて眺めたりしている。中華系の人たちにとって、旧正月がいかに大事な“心の年明け”なのか、現場で体感した。
ちなみに、以前に新暦の年末年始にイポー入りしたときは、目的は結婚式の参加。なんと、大晦日の12月31日に結婚式および披露宴が行われたのだ。翌1月1日は休日ではあったものの、正月感ゼロだった。
子豚の丸焼きに一族が列をなす
獅子舞の儀式が終わると、ようやく宴会タイム。準備してあった料理(ケータリング)のフタが開けられ、ポリバケツで氷漬けになっていた缶ビールがみるみる減っていく。

そして、この夜のメインディッシュは、もちろん子豚の丸焼き。中華系の人たちのお祝い事に、なくてはならない料理である。なのに、みんなとワイワイ食べて飲んでしゃべっていたら、撮った料理写真は上の一枚きりだった……。
たらふく食べ、缶ビールを何缶も空けたあと、今度は花火大会に突入。住宅地のド真ん中で連発の打ち上げ花火をいくつもあげていく。もちろん日本の花火大会の花火ほどの大きさではないが、それでも3階建ての家の屋根を超える高さで開花。家の前の道路から打ち上げるので、落下してくる燃えカスをよけつつ見上げる、スリルつき花火鑑賞となる。

しかも周囲各所でも同時多発花火。近く遠くでドンドン、パンパン。火の粉が屋根でくすぶって火事にならないか、他人事ながら本気で心配。
花火が終わるころ、子連れ勢は順次撤収。呑兵衛部隊は「ここからが本番」とばかりに続投し、宴はそのまま深夜コースへ──これぞ旧正月ならではの、狂騒の一夜だった。その後の結果は、次回にお知らせする。

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吃貨美味探訪記 No.230(マレーシア編その50)「イポー旧正月編6:旧正月でのマレーシア華人たちの伝統的風習──撈生(ロゥ サン)」
佐久間賢三
昨年に続き、今年の旧正月もマレーシアのイポーで過ごす。また来年も……と思ったら、2026年の旧正月は2月17日(火)から。月の半ばは出張が入る可能性が高く、来年の旧正月にイポーに行くのはほぼ無理。それまでの1年間は何を楽しみに仕事をしていけばいいのかと、呆然としている。
