夜、クアラルンプールでの結婚式が終わったあと、イポーから来た親族は民泊の宿に戻り、翌日イポーに戻ることになっていたが、筆者はクアラルンプール在住の親族たちに誘われ、車に同乗してゲンティン・ハイランド(Genting Highland)に向かい、そこのホテルで1泊することになった。そこで、昔食べた味とついに再会することとなった。
スープをほぼ飲み干す
ゲンティン・ハイランドは、クアラルンプールから車で1時間ほどのところにある、標高約1700mの高原リゾート。高地にあるため涼しく、熱帯の国マレーシアの避暑地でもある。そのためここは巨大リゾート地になっていて、敷地内には大きなホテルがあり、カジノに屋内外の遊園地、ゴルフ場、ショッピングモールなどが入っている。


今から29年前の1995年に初めてマレーシアに来た時も、イポーからここに連れてきてもらっていた。記憶が正しければ、ここに来る(=連れてきてもらう)のは今回で4度目になる。ただ、以前はいつも日帰りで、ここに宿泊するのは初めてだった。

親族たちの目的は、もちろんカジノである。ときおり親族の誰かと連れ立って来ているのだという。この日は到着したのが夜遅かったので、筆者は巨大ホテルの内部を一人で軽く見物したあと部屋ですぐに寝てしまったが、一緒に来た親族たちは、おそらくカジノに繰り出した(ホテルの外に出ることなく行ける)のだろう。

翌朝、みんなで朝食を食べにフードコートへ。すでに多くの人で賑わっていて、そこにいた人の多くは中華系の人たちだった。「何を食べたい?」と聞かれ、周りにある店を順繰りに見ていくと、このところイポーに来るたびに探し求めていた料理の名前が書かれた看板を見つけた。

「濱城虾面」、繁体字と簡体字がゴッチャになっているが、日本語で一般的に使われている漢字で書くと「浜城蝦麺」で、浜城はマレーシアの半島部分の北西にあるペナン島を表す中国語表記なので、これはペナン名物の「海老ヌードル」のことである。看板の英語では「PENANG PRAWN MEE」と書かれている。もちろんこれを食べることにした。
ペナンの蝦麺は「福建蝦麺」または「福建麺」とも呼ばれていて、『吃貨美味探訪記 No.176(マレーシア編その24)「名前は同じでも全く別物の料理だった──福建麺」』(以前のサイト)では、かつてペナン島で食べた「福建麺」の思い出と、首都クアラルンプールで食べた「福建麺」との違いについて書いている。

スープの中は太めの麺と細い米粉(ビーフン)の2種類。スープはエビ出汁のピリ辛。「うんうん、この味この味」と言いたいところだったが、前回食べたのが25年ほど前のことで、しかもスープは澄んだ白と間違って記憶していたくらいなので、記憶はアテにならない。
それは置いておいて、日本にはない味でやっぱり美味い。これは日本人ウケする味。本場のペナン島で食べたら、もっと美味しいに違いない。マレーシアの麺類を食べる時にスープを飲み干すことはほとんどないのだが、この時ばかりはレンゲですくって丼の底が透けて見えるほどまで味わった。

その後、屋外遊園地に行ったり、カジノに入ったりしてしばらくの間遊んでいた。とはいえカジノでは、結局何もやらなかった。以前は「大小」というサイコロ3つの合計数や組み合わせを予想するゲームが好きでやったりしていたのだが、自分には博才がなく全敗していたので(とはいっても負けたのは数千円程度)、今回はやらなかった。
親族の人たちは皆、パチスロのようなスロットマシンがお好きなようで、親族の一人がやっているのを後ろからずっと見ていたが、どういう目が出たら当たりなのかがよく分からず、何が面白いのかさっぱり分からず。やっぱり性格が博打には向いていないらしい。

夕方になり、クアラルンプール在住の親族たちはクアラルンプールに戻り、筆者はイポー在住の親族の車に乗ってイポーに帰った。後からネットで検索してみたら、このスロットマシンは掛け金が少額でも遊べて、勝ち負けも腕はほとんど関係なく運次第のようなので、次にまたゲンティン・ハイランドに連れてきてもらう機会があったら、その時こそは軍資金の額を決めて、スロットマシンで大儲けを狙ってみようと思っている。

佐久間賢三
仕事が忙しいわけでもないのに、出張以外にどこにも遊びに行かない日々。今年の旧正月にマレーシアに行く予定で、今からワクワクしている。
